このシリーズは、夢流ZOUの独特な視野が色濃く反映された、極めて偏愛的な作品群だ。
各篇が異なるフェティシュの深淵を掘り下げるため、決して万人に迎合するものではない。
だが、この第十回応募編に限っては、他を圧倒する孤高の輝きを放っている。
理由は明白――主演の田中千代、すなわち新田利恵の存在そのものにある。
彼女はシネマジックでの噴乳作品で名を馳せ、今なお熟女女優として君臨する、稀有な存在だ。
美貌はもちろん、均整の取れた肢体、淫靡な気質、そして豊饒なるM性……これらを兼ね備えた女性は、まるで私の頭に巣食う妄想の具現化のようだ。
丑年に生まれたかのような、究極の「飛び道具」を秘めている点も、彼女を無敵の被虐者たらしめている。
こうした女性を伴侶とする夫は、どれほど至福の日々を送っているのだろうか。
羨望の念を禁じ得ない。
映像は、冒頭から彼女の肉体を苛烈に追い詰める。
バイブレーターで秘部を責め立てられつつ、乳房を揉みしだかれるさまは、見る者の視線を釘付けにする。
乳汁が料理用のボウルに、じわりと溜まっていく光景……それは、静かなる儀式の始まりを予感させる。
次いで、アナル専用のバイブレーターが次々と投入され、彼女は絶頂を繰り返す。
沈黙を許さず、「何回目イキます」と宣言させる強制は、私の調教哲学に通じるものがある。
合計15回の絶頂を数え、彼女の意志は溶解しかける。
だが、それで終わらない。
極太のヴァギナ用バイブレーターをアナルに挿入され、双頭のゴムでさらに追い込まれ、極大の玉数珠が腸内を埋め尽くす。
もはや彼女の意識は空白となり、「痛い」と叫ぶばかり。
入った玉の数を数えよと命じられても、絶叫するのみだ。
この辺りの描写は、私がこれまで出会ったM女たちの反応を想起させる。
痛みの向こう側に、倒錯した悦びが潜む瞬間を、監督は見事に捉えている。
クライマックスは、二本のイチジク浣腸。
期待したほどの排出はないが、それゆえに脅迫めいた責めが続き、脱肛したヒダヒダをローターで嬲るシーンは圧巻だ。
彼女は再び絶頂に導かれ、許しを乞うも、容赦はない。
最後に、冒頭で溜められた自らの乳汁を注射器で浣腸される……この発想は、驚嘆に値する。
排出の瞬間、画面は彼女のインタビュー音声を重ねて終わる。
夢流ZOUのサービス精神は理解できるが、余計な演出だ。
私の期待を膨張させたまま、唐突に幕を引くのは、まるで調教の途中でM女を放置するような焦らしに似ている。
苛立ちさえ覚えるが、それがまた、この作品の魔力なのかもしれない。
私の小説執筆や、実際の調教シーンに活かせる示唆に富んでいる。
こうした映像は、単なる視覚の饗宴ではなく、女性の深淵を覗く鏡だ。
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