この作品は、加賀恵子のアートにおける処女作だ。
黒田透の責めが、彼女の肉体を完膚なきまでに蝕む。
鞭打ち、水責め、熱蝋、バイブ、浣腸――多様な責めの連鎖は、私の調教サークルでM女たちに課す試練を想起させる。
冒頭の鞭打ちは、氷の塊の上に立たせ、つま先立ちの不安定な姿勢で繰り出される。
ハードな痛みが、彼女の筋肉を硬直させ、冷たい滴が肌を滑る感触は、まるで中山優子が寒風の夜に浣腸を抱えて歩いた苦行のように、静かなる崩壊を予感させる。
やがて、逆さ吊りにされ、大きめの水槽に繰り返し沈められる水責め。
当時の風呂場での浅い沈め方とは一線を画す、画期的な深淵だ。
加賀の耐久力が惜しまれるが、水中カメラを使わずとも、鼻からブクブクと泡が上がるさまは、刺激的で原始的な美を湛える。
カメラマン、黒田、加賀の三人だけで成し遂げたこの儀式は、アートのアイデアに脱帽せざるを得ない。
あの泡の音、肺の圧迫、視界の闇――それは、畑野安香里がクリトリスにピアスを穿たれた時の、息もつかせぬ恐怖と恍惚の狭間を思わせる。
その後、何度もバイブで絶頂を強要され、二穴バイブの責めで徹底的にイカされ続けるシーンは、圧巻の極み。
肉体の限界を越え、痙攣が波打つさまは、私のM女たちが浣腸の果てに達した倒錯の悦びを体現する。
最後の浣腸は、イチジク4本の後に牛乳を注ぎ込まれ、放物線を描く排泄。
だが、その最中に漏れる「ごめんなさい」の言葉は、どこか作為的に響き、興を削ぐ。
総合的に見て、この作品の完成度は高く、私の妄想を小説化する際の素材として、女性の深淵を覗く鏡となるだろう。
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